学生団体SPRECTは、皇居東御苑に残る江戸城本丸天守台の上に、1657年以来およそ400年ぶりとなる天守の再建を夢見て、2026年3月に結成された学生団体です。東京大学・早稲田大学・慶應義塾大学など、首都圏の大学生を中心に活動しています。
江戸城天守は、三代将軍・徳川家光の時代に建てられた寛永度天守を最後に、1657年の明暦の大火によって焼失しました。かつて高さ約59mを誇った天守は、以来今日まで建てられていません。
私たちは、天守とは単なる「過去の遺物」だとは考えません。戦後、名古屋や広島、熊本など全国の城下町で再建された天守は、街の復興の証であり、歴史やアイデンティティを目に見える形で示すシンボルとなりました。
ならば、かつて「江戸」と呼ばれ、城を中心に発展してきた東京にも、その歴史を象徴する存在があってよいのではないでしょうか。東京の中心に江戸城天守が再び立てば、それは東京のみならず、日本の歴史や文化を世界と未来へ伝えるランドマークにもなり得ます。
江戸城天守を再建することは、単に昔の建物を復元することではありません。歴史を受け継ぎ、それを次の時代へつないでいくことだと、私たちは考えています。
そして、未来をつくるのは若者です。だからこそ、私たち学生が考え、発信し、声を上げる。
それがSPRECTの掲げる、「歴史を未来につなぐ、学生の挑戦」です。
現在の日本橋を抽象化
「開いた本」は学生団体であることを著す
5層6階の江戸城天守を5つの縦線で表現
歴史を未来につなぐ橋。
世代と世代をつなぐ橋。
その架け橋となることへの願いを、
このロゴマークに込めています。
江戸城天守の再建を通じて、日本の歴史や文化を未来へ継承したい。そして私たち「学生団体SPRECT」が、社会を動かす大人たちと、これからの時代を担う学生・若者たちとの「架け橋」になりたい。そんな想いから、SPRECTのロゴマークは「橋」をモチーフにしています。
この橋のモデルとなっているのは、日本橋です。江戸時代の浮世絵には、日本橋と江戸城が一緒に描かれた作品が数多く残されています。日本橋と江戸城はともに、東京、そして日本の歴史や文化を象徴する場所です。また日本橋では、長年にわたる署名活動や議論の積み重ねを経て、現在、橋の上を走る首都高速道路を地下化する事業が進められています。私たちもそんな日本橋の歩みに学びながら、江戸城天守再建という大きな目標に向けて、一人ひとりの声を集め、社会へ届けていきたいと考えています。
ロゴの形にも、いくつかの意味を込めました。現在の日本橋と同じように、中央には橋脚を配置しています。一方で、左右に開いた形は「本を開いた姿」にも見えるようデザインされており、学び、考え、発信する学生団体であることを表しています。さらに、中央の橋脚を軸として5本の線が伸び、橋の下が6つの空間に分かれる構造は、かつて江戸城寛永度天守が「5層6階」であったことを表現しています。
――文化財を保存することだけが歴史なのだろうか?
江戸城の天守を再建するというプロジェクトに興味を持ち、私が大学の友人たちと語り合うなかで、何度も考えてきたことです。
江戸城3度目の天守である「寛永度天守」が1657年の明暦の大火で焼失したのち、4度目の天守を期して天守台だけは再築されました。
しかし、今の天守台の上に天守が建っていた歴史は存在しません。つまり、江戸城天守「再建」とは言っても、厳密には、単純な意味での「再建」ではないのかもしれません。
それでも、首都東京の中心に、日本史上最大の天守がそびえる姿を見てみたい。「歴史を守る」というけれど、ならば今の時代に生きる私たちが、新しい歴史を創ってはいけないのでしょうか。それが未来の歴史になるからです。
広く国民の理解を得られる形での天守再建。
すなわち「納得の江戸城再建」。
これを目指して、私たちの団体は活動していきます。
学生団体SPRECT 代表
井上匠真
↑とあるイベントに参加した際の井上。自衛隊のブースで制服を着て記念撮影をしたときの一枚です。自衛隊が好きとか嫌いとかではなく、ここ数カ月の間に撮った写真でいい感じのものがこれしかなかったため使用させていただきました(他意はありません)。