江戸城天守再建とは、かつての東京、すなわち江戸の象徴であった日本最大級の木造建築・江戸城天守を現代に復元(再建)しようとする壮大なプロジェクトです。現在、認定NPO法人「江戸城天守を再建する会」などの団体が中心となり、市民の寄付や署名活動を通じて、いわゆる「寛永度天守」(3代将軍家光が築いた天守)の再建を目指しています。
江戸幕府三代将軍・徳川家光が築いた寛永度天守は、石垣も含めて約60mの高さを誇り、古今東西どこを探しても見当たらない大きさの、日本史上最大の天守でした。木造部分だけでも約45mと、木造建築としても世界最大規模の建築物です。
江戸城には慶長、元和、寛永の3つの時代に天守が築かれましたが、1657年の「明暦の大火」により寛永度天守が焼失しました。焼失直後、再建計画もありましたが、会津藩主・保科正之が「今は大火事の後だから、天守を再建するのであれば、その費用をまず江戸の町の復興と民の救済に充てるべき。今は延期!(意訳)」と主張しました。以降、江戸城に天守が再建されることはありませんでした。※一応、「中止」ではなく「延期」ということになっています。
このプロジェクトは、家光が築いた「寛永度天守」を、現存する精密な図面(甲良家文書など)に基づき、伝統的な木造建築技術で忠実に復元する計画です。天守台からの高さは44.8m(石垣を含めると約60m弱)に及び、現存する姫路城をはるかに凌ぐ、世界史上最大級の木造建築となります。建設費用は(今からおよそ10年ほど前の試算で)約550億円と試算されています。税金に頼らず、民間からの寄付や投資、クラウドファンディングなどで賄う方針が提案されています。
年間500万人の来場が見込まれ、東京の新たな観光シンボルとして10年間で約1,000億円の経済波及効果があると試算されています。また、日本の伝統的な木造建築技術を継承していく役割も期待されています。首都の中心に新たなシンボルが誕生することで、周辺の不動産価値や都市としての国際競争力が高まるとの見方もあります。
日本で現在も活躍する宮大工はたったの数百人と言われています。このままいけば、人数はどんどん減少。長い時間をかけて継承されてきた技術が失われてしまいます。そこで、世界最大級の木造建築ともされる江戸城天守です。木造建築は数年おきのメンテナンスを行えば、数百年もつと言われています。それはまるで伊勢神宮の式年遷宮のように、江戸城天守の存在自体が宮大工の技術を伝承とする格好の場となるのです。
現在の皇居東御苑に残る天守台は、4代目の天守を期して焼失後に加賀の前田家によって再建されたものですが、その石垣の上に天守が建てられたことは歴史上一度もありません。このため、文化庁の復元基準を満たさない可能性が指摘されています。
現代の建築基準法では、このような巨大な木造建築の建設は安全性の観点から制限されています。しかし歴史的建造物は建築基準法の「適用除外」を受けることができるため、この申請を受けて認可されるという道が残されています。
今の天守台が残るのは当時の江戸城本丸、つまり現在の皇居東御苑です。皇居の静謐が妨げられるのではないか、宮内庁はこれを認めるのかどうかなど、場所が皇居であるが故の独特の事情が存在します。
現在、認定NPO法人「江戸城天守を再建する会」や、一般社団法人IKIZAMAなどの江戸城天守再建プロジェクト推進派は、衆参両院議長に向けた天守再建請願署名活動や各界の著名人をお呼びしたシンポジウムの開催などを通じて世論喚起に取り組んでいます。一方で、歴史学者や関係団体の中には、天守台の保護を最優先し、なにか別の形での史跡活用を提言する声もあり、議論が続いています。
皇居東御苑に残る現在の江戸城天守台